豚萎縮性鼻炎の移行抗体による予防 豚萎縮性鼻炎ワクチンへ 豚の呼吸器病対策へ 豚の呼吸器感染症の特徴へ
(財)化学及血清療法研究所 河合 透
はじめに
豚萎縮性鼻炎(AR)は,鼻出血,アイパッチ,鼻甲介萎縮及び発育遅延などを主徴とし,毒素原性Pasteurella
multocida(Pm)及びBordetella bronchiseptica (Bb)の感染によって生じる経済的被害の大きい慢性呼吸器疾病である。ARの予防には,単味不活化ワクチンとしてBb死菌ワクチン,BbコンポーネントワクチンあるいはPm皮膚壊死(P-DNT)トキソイドが,混合ワクチンとしてPm死菌・Bb死菌混合ワクチンあるいはP-DNTトキソイド・Bb死菌混合ワクチンが実用化されている。
子豚はARに対して日齢抵抗性を示すことが知られており,多くの農場で母子免疫法(母豚を免疫することにより初乳を介して産子に免疫を賦与する方法)が実施されている。しかし,Bb死菌ワクチンにより誘導される菌凝集抗体は,子豚の血中から呼吸器等の粘膜上に浸出して感染菌に作用するため,防御効果を得るためには高い抗体価が必要なことから,離乳後も移行抗体の効果を持続させることが困難である。そのため,ARの濃厚汚染農場ではしばしば子豚への抗菌剤投与あるいは子豚能動免疫も併用している。このようなAR対策は,多大な費用及び労力を要すること,これら原因菌の薬剤耐性化が進行していること1),2)などから,より効果的なAR対策の確立が養豚家から要望されている。
平成10年2月27日に世界で初めて認可されたPasteurella・Bordetella混合皮膚壊死トキソイド(混合トキソイド)は,DNTの鼻甲介萎縮作用及び発育遅延作用を中和する全身性の抗毒素免疫を賦与できるため低い抗体価でも有効であり,移行抗体の長期持続が期待される。そこで,混合トキソイドを用いた母子免疫について検討した成績について述べる。
材料及び方法
供試菌:
Pm S70株及びBb S611株を,ワクチン及び中和用DNT液の調製に供試した。
ワクチン調製法:
それぞれ液体培養した供試菌を濃縮後,高速ホモジナイザーで破砕した。菌体残渣を除去した後,それぞれP-DNT及びB-DNTをクロマトグラフィーにより精製した。精製した両DNTをそれぞれホルマリンで無毒化後,アジュバントとして水酸化アルミニウムゲルを添加したものを混合し,混合トキソイドとした。
供試豚:
宮崎県下の繁殖専門農場の妊娠豚9頭及びその産子17頭を供試した。
試験方法:
第1産目の妊娠豚に対し,分娩予定日の5及び2週前の2回筋肉内に2mLずつ注射した。さらに,第2産目の分娩前2週前後に1回筋肉内に2
mLずつ注射した。検査のため,第1産目の初乳,哺乳中(分娩後18〜20日,平均19.0日)及び第2産目の哺乳中(分娩後17〜18日,平均17.4日)の血清を採取した。また,第1産目の産子からは,2及び6週齢時(平均14及び42日齢時)の血清を採取した。初乳は,遠心によって分離した乳清を検査に供試した。
検査方法:
P-DNT中和試験3)
中和用P-DNT液は,Pm S70株の菌体破砕抽出液をろ過(孔径0.2 umメンブランフィルター)して用いた。中和用P-DNT液をEagle's
minimum essential medium (EMEM)で2倍階段希釈列を作製し,各0.05 mLのEMEMを添加した。次いで牛胎児肺(EBL)細胞浮遊液(約25万個/mL)0.1
mLを加え,5% CO2下で37℃5日間培養後,細胞変性効果(CPE)の有無を観察した。CPEを示したP-DNT液の最高希釈倍数の逆数をP-DNT液0.05
mL当りのEBL細胞変性力価(EBL単位)とした。中和試験には,0.05 mL当り8 EBL単位を含むように調製したP-DNT液を用いた。被検血清は非働化後EMEMで2倍階段希釈を行い,各希釈0.05mLに等量のP-DNT液を加えた。37℃で1時間静置後,EBL細胞浮遊液0.1
mLを加え5% CO2下37℃5日間培養した。P-DNT中和抗体価は,血清希釈倍数で2倍以上を抗体陽性とした。
B-DNT中和試験4)
中和用B-DNT液は,Bb S611株の菌体破砕抽出液をろ過(孔径0.2 umメンブランフィルター)して用いた。中和試験には,0.1mL当り4
皮膚壊死単位を含むようにリポポリサッカライド(2ug/mL;E. coli O111:B4由来,Sigma社製)加PBSで調製したB-DNT液を用いた。被検血清はPBSで2倍階段希釈を行い,各希釈0.15mLに等量のB-DNT液を加えた。氷水中で一夜反応後,削毛したモルモットの皮内に0.1
mLずつ注射した。翌日観察し,皮膚壊死斑を平均直径5 mm未満に阻止した被験血清の希釈倍数の逆数をB-DNT中和抗体価とした。
B-DNT中和抗体価は,血清希釈倍数で1倍以上を抗体陽性とした。
結果及び考察
移行抗体によってARを予防するためには,豚がARに対する日齢抵抗性を獲得する日齢まで防御効果を持続させることが重要である。Pmに関しては,P-DNT抗体を3〜4カ月齢まで5),Bbに関しては感染による発病がほとんどみられなくなる2カ月齢まで6)抗体を持続させることが目安となる。P-DNTトキソイドの場合,Fogedら(1989)7)は,抗原量を高めることにより移行抗体で3カ月齢以上P-DNT抗体を持続させることに成功している。しかし,Bb死菌ワクチンの場合,母豚のBb菌凝集抗体が1,280倍以下ではその産子にほとんど感染及び発症防御効果がなく8) ,移行抗体でBbの定着を阻止するためには2,000倍前後の高い菌凝集抗体価が必要であることから,3週齢以降までこの防御水準を維持することが困難であった9) ,10)。また,Bb死菌ワクチンの子豚免疫法は,移行抗体の影響を受けやすいためBb菌凝集抗体価が320倍以下に低下してから2回実施する必要があり10),移行抗体による効果が消失したあと子豚免疫が成立するまでに防御効果の不充分な期間が生じる恐れがあった。一方,混合トキソイドワクチンの場合,防御の指標がP-DNT中和抗体で2倍,B-DNT中和抗体で1倍と低い抗体価でも防御が可能なため(未発表データ),移行抗体による長期間の防御が期待された。
本ワクチンの第1産目における移行抗体価は,14及び42日齢時のP-DNT中和抗体価(GM値)がそれぞれ47及び9倍,B-DNT中和抗体価(GM値)がそれぞれ27及び4倍であった(表1)。これらの抗体価から移行抗体の半減期及び効果消失日齢を求めると,P-DNT中和抗体が11.9日及び69日齢で,B-DNT中和抗体が10.1日及び63日齢であった。従って,移行抗体によるARの防御効果は約2カ月齢まで期待でき,Bbに対しては日齢抵抗性が成立するまで持続するため充分に有効であると考えられたが,Pmに対してはもう少々長い持続が必要と思われた。
しかし,第2産目の母豚の血中抗体は,第1産目よりもかなり高く上昇し,哺乳中のP-DNT中和抗体価及びB-DNT中和抗体価(GM値)でそれぞれ565及び190倍まで上昇した(表1)。これらの抗体価が第1産目と同様に産子に移行した場合,効果はPmに対して4カ月齢以上,Bbに対しても3カ月齢以上持続することが期待された。従って,混合トキソイドの移行抗体によるPm防御効果は,追加免疫によって3〜4か月齢まで持続させることができる可能性が示唆された。
以上のように,混合トキソイドでは追加免疫により高い抗体価が得られたことから,分娩までに計3回以上注射しておくことが望ましいと考えられた。この応用例としては,繁殖候補豚の選抜時あるいは外部からの導入時に2回注射し,各分娩前にさらに1回ずつ注射することなどが考えられる。しかし,一般的に母子免疫法による移行抗体価は,母豚の抗体産生能の個体差及び子豚の初乳摂取量の差によって左右される可能性も考えられ,充分なAR対策のためには,混合トキソイドによる母子免疫法を基本とし,これにP-DNTトキソイドを用いた子豚免疫法を併用するのがより確実であろう。
1) 牛島稔大ら:第19回家畜抗菌剤研究会シンポジウム講演要旨,p.4-5,東京(1992)
2) 樋口良平ら:日本獣医師会雑誌, 44,p.112-114(1991)
3) 牛島稔大ら:化血研所報 黎明,5,p.42-48(1996)
4) Kawai T. et al.:Rroc. 14th Int. Pig Vet. Soc.,p.250,Bologna(1996)
5) de Jong M. F.: (Progressive) Atrophic Rhinitis,Diseases of swine,7th
Ed., p.414-435,Ames,Iowa,The Iwoa State University Press(1992)
6) 中瀬安清:萎縮性鼻炎,豚病学(第3版),p.407-416,東京,近代出版(1987)
7) Foged N. T. et al.:Vet. Rec.,125,p.7-11(1989)
8) 中瀬安清:豚ボルデテラ感染症予防液,動物のワクチン,北里研究所編,p.111-123,東京,養賢堂(1974)
9) 輿水馨:母子免疫の機序,豚の萎縮性鼻炎,尾形学監修,p.86-88,東京,文永堂(1979)
10) 中瀬安清:母子免疫と子豚能動免疫の併用,豚の萎縮性鼻炎,尾形学監修,p.90-91,東京,文永堂(1979)
表1 混合トキソイド注射母豚及びその産子のDNT中和抗体価 戻る
| 母豚 No. | P-DNT中和価 |
B-DNT中和価 | ||||||||
母豚 |
産子 |
母豚 |
産子 | |||||||
| 第1産目 | 第2産目 | 第1産目 | 第1産目 | 第2産目 | 第1産目 | |||||
初乳 |
血清b) |
血清c) |
14a) |
42 |
初乳 |
血清 | 血清 |
14 |
42 | |
| 92 | 160 | 16 | 256 | 64 | 4 | 512 | 32 | 128 | 32 | 8 |
| 64 | 4 | 32 | 4 | |||||||
| 1767 | 640 | 128 | 2048 | 64 | 16 | 256 | 32 | 256 | 16 | 8 |
| 64 | 32 | 16 | 8 | |||||||
| 1975 | 1280 | 32 | 1024 | 32 | 16 | 1024 | 16 | 256 | 32 | 16 |
| 64 | 8 | 64 | 8 | |||||||
| 1987 | 640 | 16 | ・・・ | 64 | 16 | 128 | 4 | 16 | 4 | |
| 64 | 16 | 16 | 2 | |||||||
| 1966 | 640 | 32 | 1024 | 32 | 8 | 256 | 8 | 256 | 32 | 4 |
| 32 | 8 | 32 | 8 | |||||||
| 1506 | 40 | 8 | 2048 | 16 | 2 | 512 | 16 | 256 | 32 | 4 |
| 32 | 2 | |||||||||
| 1681 | ・・・ | ・・・ | 128 | ・・・ | ・・・ | 256 | 16 | 1024 | 128 | 2 |
| 16 | 2 | |||||||||
| 1766 | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ | 256 | 8 | ・・・ | 16 | 4 |
| 1821 | ・・・ | ・・・ | 128 | ・・・ | ・・・ | 256 | 8 | 16 | 32 | 1 |
| 16 | 2 | |||||||||
| GM | 359 | 25 | 565 | 47 | 9 | 323 | 13 | 190 | 27 | 4 |
| a)採血した日齢。 | ||||||||||
| b)分娩後18〜20日目(平均19.0日目)に採血した。 | ||||||||||
| c)分娩後17〜18日目(平均17.4日目)に採血した。 | ||||||||||