豚の萎縮性鼻炎の疫学調査 戻る
著者牛島稔大 動物用生物学的製剤協会報,27,10-19(1994)
1.はじめに
幼若豚にBordetella bronchiseptica(Bb)が感染すると鼻粘膜に炎症を生じ、病勢が進展して鼻甲介病変が形成され、萎縮性鼻炎(AR)となる34)。 この際、毒素産生Pasturella multocida(Pm)の混合感染によって、より重度の病変を生じることが実験室内で確認された4,40,48,50)。諸外国ことに欧州では以前より重症ARからPmが分離されることから、ARの原因菌としてBbだけではなくPmも考慮されてきた。特に1980年代初頭にPmの株のなかには、Bbの産生する皮膚壊死毒(DNT)と極めて類似する生物学的活性(モルモットに対する皮膚壊死、マウス脾臓萎縮および致死、豚の鼻甲介萎縮原性)を有する毒素を産生する株の存在が明らかにされ12,32)、これらの株による豚への感染試験36,48)によってAR病変が再現された。
Bbは幼弱豚(1週齢)に感染させた場合重度の萎縮病変を形成するが、4〜6週齢の豚においては軽度の萎縮、9週齢以降の豚にはほとんど病変を形成しない9,34)。また、2および4ヵ月齢豚にBbと毒素産生Pmの複合感染試験を行うと、Bb単独感染では形成されない萎縮病変が複合感染によって形成される50)。さらにBbによるAR病変はその後修復される傾向がある36,48,52)のに対し、毒素産生Pmによる病変は進行性(progressive)である10)ことから、肥育の中期以降の豚にみられる重度のAR病変は毒素産生Pmが主原因となり形成されるとする見解35,37,41,44)が支配的である。また、毒素産生Pmの関与するARを進行性萎縮性鼻炎(PAR)と呼ぶことが提唱されている9)。
一方、PmはBbとは異なり実験室内では本菌の単独・単回の投与では豚の鼻粘膜に定着し難く13,17,27,31)、鼻粘膜への定着・増殖にはBbの先行感染48,50)や鼻粘膜の低濃度酢酸による前処理38)あるいは反復連日投与20)が必要である。また、In vitroの実験において豚の気管リングへのPmの付着をBbが促進する19)。最近、Bbの有するPmの鼻粘膜定着促進作用はBbの毒素(DNT)によることが示された4,14c)。以上のことからPmはBbの先行感染によって豚の鼻粘膜に損傷あるいは変化が起きたのち初めて感染・増殖するARの二次(日和見)的病原体であると推察する説もある33,51)。この推論が正しいとすればBb対策をAR防除の第一義とすることは妥当である。しかし野外でBbの先行感染以外の何らかの要因9)によりPmの鼻粘膜定着が起こるならば、Pmに対する第一義的な対策も必要である。
2.Bbおよび毒素産生Pmの感染診断法
Bb感染の血清学的診断法としては菌凝集試験があり、豚群のBb汚染のモニターリングやワクチンネーションの確認に用いられる。一方、毒素産生Pmには毒素中和試験3,4,10,46)や精製毒素でのELISA15)がある。Pmの毒素は免疫原性に乏しく、感染が成立しても抗体の獲得までは約3ヵ月かそれ以上を要し、さらに一部の個体にしか抗体陽転はみられない4,10,15)。従ってこれらの方法は肥育豚では感染歴の診断には利用できない9)。
今のところ毒素産生Pmの最も確実な診断法は菌分離である。疫学調査に用いられている菌分離法として、Bbではマッコンキー寒天8,22,36,38,40,51)を用いることが多く、他に血液寒天にバシトラシンおよびネオマイシン2,14,49)あるいはセファレキシン25)を添加して用いた報告もある。Pmでは血液寒天のような非選択培地を用いる場合はマウス通過法36)と併用することが多い8,22,36,38)、また選択培地としては血液寒天やデキストローススターチ寒天にバシトラシンおよびネオマイシン2,14,49)、ゲンタマイシンとバンコマイシン55)、クリンダマイシンとバンコマイシン25)、あるいはクリンダマイシンとゲンタマイシン11)を添加して用いられている。一般に選択培地での分離は、血液寒天での分離よりは優れるが、マウス通過法よりは劣っているとされてきた49)。しかし、後2者の選択培地は、マウス通過法に較べ分離率が高いと報告されている11,25)。Pmは同一の個体からA型およびD型菌あるいは毒素産生菌(以下Pm(+))と毒素非産生菌(以下Pm(-))が同時に分離されることもあり26,49)、寒天平板上に出現したPmのコロニーは複数について釣菌し検査を行なう必要がある。
Pm(+)とPm(-)の鑑別には、小動物28,32,43)あるいは培養細胞6,39,46)を用いる方法がある。多検体を検査するには後者が優れている。
最近Pmの毒素に対するモノクローナル抗体を用いたELISA法16)やコロニーブロット法29)、あるいは毒素遺伝子をプローブとした核酸ハイブリダイゼーション法21)も報告された。これらを応用した特異的で感度と簡便性に優れたPm(+)の検出法が待ち望まれる。
3.諸外国での疫学調査
Pm(+)の存在が明らかにされた1980年以降の報告を主にみると、Bb感染はAR症状保有群あるいは非保有群にかかわらず広く存在することが指摘されている2,48,53,54)。通常、豚以外の動物由来のBbは豚にAR病原性を示さない30,43)が、AR症状保有または非保有の10カ所の農場で飼育されていた豚由来のBbは豚(初生豚)に同程度のAR病原性を示した45)。また、これらのBbを単独あるいはPm(-)と共同で豚に接種しても進行性のAR病変は形成されないことが認められている43,48)。
一方Pm(+)は、AR発生群では分離されるがAR非発生群では分離されない、あるいは分離陽性群のAR病変は重度であるが分離陰性群のそれは軽度であるとの報告が多い2,22,26,35,40,43,49)。しかし、少数であるがPm(+)の分離とAR病変(あるいは豚群のAR発症率)に関連を認めない報告もある8,23)。
Cowartら8)は様々な程度にARの発生している9農場およびAR非発生の1農場について8週齢および6ヵ月齢豚の菌分離と鼻甲介のAR病変との相関を調べた。8週齢ではBbおよびPm(-)が分離され、AR病変はBbの分離率と関連がみられたが、Pm(+)は低率(4%以下)にしか分離されなかった。6ヵ月齢ではAR病変は8週齢と変りがなかったが、Bbは分離されず、またPm(+)の分離率は低いままであったが、総じてPm(-)の分離率が上昇し、病変スコアはいずれの菌とも関連がみられなかったと報告している。
Backstromら2)は、BbおよびPmが5〜10週齢豚のそれぞれ64%および84%(うちPm(+)は10%)から分離されるAR発生農場(A農場)の5週齢豚(A群)とBbおよびPmが同じく40%および7%(うちPm(+)は0%)から分離されるAR非発生農場(B農場)の5週齢豚(B群)を同居、対照としてB農場の5週齢豚(C群)を単離飼育し、鼻内菌叢の検索と15週および22週齢時に鼻甲介観察を行なった。A,B及びCの3群ともBbの分離率と分離菌数は6〜10週齢まで高く(40-80%)その後徐々に低下した。Pmのうち毒素非産生のA型菌(以下PmA(-))の分離率はA群で高く(80%前後)、B群では同居1週後から分離が始まり4週後(9週齢時)にピーク(45%)となり、以降A群と同様に推移した。C群では分離されなかった。毒素産生のD型菌(以下PmD(+))は、A群で終始10%前後の分離率で推移し、B群も同居4週目(9週齢)から5%前後に分離が始まり以降そのレベルで推移したが15週齢で検出されなくなった。C群では分離されなかった。3段階評価、0(正常)〜3(重度)による15週齢時の平均ARスコアはAおよびBで1.85および1.57でC群は0.0(正常)であった。15週および22週齢時のAR病変には各群とも大きな変動はなかった。その結果、AR病変と最も強く相関したのはPmA(-)、ついでPmD(+)であり、Bbとは相関がなかったと報告している。ここに紹介したふたつの報告ともそれぞれ検査したふたつの時期によって鼻内の菌叢が異なったがAR病変には変化がみられていない。すなわち検査の時期によりAR病変と関連付けられる菌が異なる可能性がある。ARの疫学調査ではこの点の注意が非常に重要である。
また、AR病変は存在するのにPm(+)の分離率が低いまたは分離されない原因として次の3点(イ、ロ、ハ)がしばしば考察される。
イ;a)本菌の実験感染では数日間大量の菌が鼻内に維持されると肉眼的に明らかな鼻甲介萎縮を生じる。菌はその後鼻内より排除されるが病変は出荷日齢まで持続する5)。b)Pmの毒素を腹腔内、筋肉内または皮下へ1回投与するのみで鼻甲介に投与後20週以上持続する萎縮病変が形成される47)。
a),b)の事実からPm(+)は長期的病変を引き起こすのに必ずしも持続的な感染を必要としない。野外感染豚においてもPm(+)の急激な増殖期が一度でもあれば菌は消失しても病変は長期間持続することになる49)。
ロ;Pm(+)は鼻粘膜以外に扁桃1)や肺の病変部18)にも存在するが、鼻粘膜以外の定着部位より毒素を放出してAR病変を引き起こす1、9)。
ハ;野外の自然感染豚に認められる鼻内のPm(+)の菌数はしばしばノトバイオート豚に実験感染させた場合の0.1%〜1%にすぎず、さらに実験感染または毒素の非経口投与時にみられる鼻甲介の両側性病変が自然感染豚では菌の増殖が低レベルのためか一側性のことがある49)。
従って、疫学調査や農場のAR汚染検査を行なう際はこれらの点も考慮にいれ、検査対象豚の週齢を幅広くとること、さらにできれば扁桃についても検査を試みるべきであろう56)。また、Rutterら49)の言うようにハに関連してはPm(+)に対するより検出感度の高い菌分離(または診断)法が必要であろう。
4.近年のわが国での疫学調査
本邦における疫学調査は1980年以降はあまり報告されていないが、1984年に報告された調査51)によると、AR症状はPm(+)またはPm(-)と同時にBbが分離された豚のそれぞれ69.2%と77.8%にみられたのに対し、Pm(+)またはPm(-)が分離され且つBbが分離されなかった豚では、それぞれ18.8または12.5%にAR症状がみられたにすぎず、Pm(+)はARの一次病原体ではないとされた。一方、1992年55)に報告された調査では、AR発生農場でBbが分離された豚は7.4%と低率であったが、Pm(+)は27.1%とBbに較べ高率に分離され、諸外国での疫学調査22,40)と同様にARの発生にはPm(+)の関与が考えられると述べられた。
次いで本稿では著者らの調査成績を紹介し、BbならびにPm(+)がどの程度浸潤し、ARとどのように関連しているかを考察したい。
1)1988年度における調査成績
著者らは、まず1988年度にAR発生農場より病性鑑定材料として持ち込まれた検体(豚の鼻腔スワブ)からBbおよびPmの分離を試みた。その結果、60農場由来の724検体のうちBbは38農場(63.3%)由来の168検体(23.2%)、莢膜タイプD型のPmは56農場(93.3%)由来の242検体(33.4%)、A型のPmは31農場(51.6%)由来の90検体(12.4%)から分離された。わが国ではPmの毒素産生株はD型菌に多いと報告されている51)。そこでPmD型菌の性状を42農場由来の100株について調べると、毒素産生株は35農場(83.9%)由来の72株(72%)に認められた。AR発生農場の豚の23.2%からBbが分離される場合、毒素産生PmDは24.0%(=33.4%x72%)の豚から分離される計算となり、Bbと同様かそれ以上に広く浸潤していると考えられる。また、サルファ剤、 ストレプトマイシン、 カナマイシン、 クロラムフェニコールおよびテトラサイクリン系の薬剤に対する耐性保有株も既に26農場(62%)由来の43株(43%)に認められているので薬剤による治療または予防において今後耐性菌の動向が問題となってくるであろう。
2)1992年度における調査成績
1992年2〜3月、熊本県内4農場および大分県内2農場の計6養豚場(A〜F)を調査した。
5農場では母豚に市販Bb不活化ワクチンが用いられていた。AおよびF農場では毎産ワクチネーションが漏れなく実施され、CおよびD農場ではしばしばワクチンの投与漏れがあった。またB農場では半年前に全母豚一斉にワクチンが投与されていた。一方、E農場ではワクチンは使用されていなかった。
表1 に農場別に供試豚のBb凝集抗体価ならびにPm毒素中和抗体価と鼻粘膜からのBbとPmの分離成績を示した。
哺乳中または離乳直後の豚(2または4週齢)からBbが分離されたのは2農場(CおよびE)である。これらBb分離陽性豚のBb凝集抗体価はいずれも20倍またはそれ以下であった。一方、2または4週齢豚からBbが分離されなかった4農場(A,B,DおよびF)のうち、3農場(A,DおよびF)ではいずれの豚も160〜2560倍の凝集抗体価を保有していることから、ワクチネーションによりBbの感染が抑制されていたと考えられた。移行抗体価が低いにもかかわらずBbが分離されなかった農場(B)では分娩豚舎内のBbによる汚染が軽度か抗菌剤の使用が推察された。
次にPm毒素中和抗体価は、C,D,EおよびF農場で各1頭ずつの母豚がそれぞれ2,64,8および4倍の抗体価を示した。このうちC,DおよびE農場で2倍以上の抗体価を示す子豚がみられたが、これらは移行抗体と思われた。DおよびE農場において4週齢または8週齢時に中和抗体価2〜8倍を示した5頭の子豚全頭からPm(+)が分離され、このレベルの毒素中和抗体ではPm(+)の感染自体は阻止されていなかった。
調査した6農場のBbおよびPmの分離時期あるいはその順序に共通の傾向は認められないが、3農場(B,DおよびF)において、Pm(+)ならびにPm(-)の分離時期はBbのそれに先行していた。
表2にはBb凝集抗体価別にBbとPmの分離状況を示した。Bbが分離された2週齢または4週齢豚はいずれも抗体価20倍またはそれ以下であるが、Pmは4週齢豚でBb抗体価1280倍の豚から、また、Pm(+)も同じく640倍の豚から分離された。このように高いBb凝集抗体価を有しBbの分離陰性の豚からPmが分離されることから、Pm対策はワクチンによるBb対策とは別に行なう必要があると思われた。
A,B,CおよびDの4農場については出荷豚各10頭の鼻甲介を観察し、TPR計測法7,24)によってAR病変を判定した。また生体検査時のAR特有臨床所見(上顎の短縮、鼻曲がり、鼻出血)の成績について1992年4〜9月の出荷豚全頭分をAR発症率としてまとめた。
農場別の菌分離と出荷豚のAR病変スコアおよびAR発症率との関係を表3に示した。
BbとPm(+)の両者が分離された3農場は(D,CならびにAの順で)出荷豚の平均スコアおよびAR発症率は、それぞれ2.0および16.7%,1.2および2.1%ならびに0.6および1.4%であった。また、CおよびD農場で重度(スコア3以上)の病変保有豚がみられた。BbとPm(-)が分離された農場(B)では同じく0.4および0.1%とこれらの数値は他の農場と較べ低かった。4農場における出荷豚の平均スコアおよびAR発症率は、2〜4週齢および8〜12週齢豚からのPm(+)の分離率と関連したが、BbおよびPm(-)の分離率とは関連しなかった。
今回B農場のように、Pm(+)が全く分離されない農場でARの発症率が最も低かったことは、諸外国の疫学調査成績と一致した。
3)疫学調査のまとめ
著者らの調査においてもPm(+)がBbと同様広く浸潤していること、また野外では必ずしもBbの分離がPmの分離に先行してはいないこと(特にBbワクチネーションにより高い移行抗体保有豚からもPmが分離されること)、さらに重度のAR病変形成にPm(+)の関与が認められたことにより、第一義的なPm(+)対策の必要性が示唆された。
5.最後に
ARの疫学にとって病原体の調査が重要であることは言うまでもないが、密飼、喚起不良、輸送等のストレスなどによる非感染性要因(いわゆる other factors)もARの重要な発病・増悪因子である9)。これらの要因を加味した調査も大切であろう。
また、進行性ARという疾病概念からみればBbはやや疎外されたかに見えるが、Bbの毒素(DNT)の若齢豚に与える増体抑制効果はPmのそれを上回るとさえいわれている14b)。従って非感染性要因対策およびBb対策もPm対策と同様に重要であることには変わりはない。
今後さまざまな観点から大規模かつ長期的な調査がなされることを期待したい。
謝辞
屠場出荷豚の萎縮性鼻炎外貌検査成績を提供してくださった長崎県川棚食肉衛生検査所の関係各位に深謝致します。
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