山への旅(シリーズ)  シリーズTopへ戻る

第6回 牛島という地名の由来

2008.8.16up

 

牛島という地名の由来

『馬・船・常民』という書物の中で、森浩一氏は“牧”の形態として、甲斐や信濃の“牧”で代表される標高の高い、空気の乾燥した土地にあるものと、近畿地方の河内の“牧”、摂津の“牧”のように川の両側あるいは湖のほとりのような低湿地帯に馬や牛を放し飼いにしておくものとがあることを述べています。畿内の“牧”は都に近いことから、“近都牧”ともいわれ、この“牧”はむしろ東国や九州からつれてきた馬や牛を放し飼いにしておく場所であるとともに、船という交通(物流)手段と密着しうる牛車や馬車による交通(物流)のターミナルであったとも考えられます。

牛島という地名の地を地図で探ると、皆共通して河川と関係した低湿地の土地であり、いわゆる“近都牧”の形態で使用された土地であったと思われます。

 

畿内の牧“近都牧”  森浩一・網野善彦 馬・船・常民 講談社学術文庫(1999) より   もどる

淀川のいちばん出口の、今の新大阪駅の近くに、古代には大隅島というのがありました。現在は地続きですが、明治十八年(1885)の大洪水の時に二キロ四方ほどは、水没しなかった。もとの大隅島ですね。その真ん中に大隅神社がある。そして河岸に有名な江口があるところですね。あそこは、銅鐸がでたり、九州的な鋼矛が出たりしている。これの実物は残っていなくて、記録だけがあります。それから弥生時代の段階で、鉄製の環状の頭がついた素環頭の刀がでたりする。小さな島なのですけれども、早くからいろんな地域の文化や、当然人びとの集まるところです。ここが、『日本書紀』でいう応神天皇の大隅宮のあったところだということになっている。そして、大隅という地名からも僕はそうだと思っているのですが、近畿地方には近江や河内やあちこちに隼人が分住しているし、とくに山城には大量の隼人がいるけれども、大隅島は近畿の隼人の要のような土地、九州の隼人との中継地のようなところではないかと見ているのです。

その大隅島に牛を放つという記事が『日本書紀』の安閑二年の条にあります。そうすると、その段階には大隅島は原野のようになって利用価値がなくなったから牛を放ったのだという人がいるけれども、網野さんの説明を聞くと違うと思います。やはり淀川水系と海の交通手段との接点に、意識的に牛を飼育していた。たとえば、淀川を大きな船が遡っていく時に、紀貫之でも土佐からかなり大きな船で戻ってきて、そのまま山崎まで淀川を遡っていますね。近世でも朝鮮の通信使が来た時には伏見のあたりまで大船をひっぱっていく。河川交通の場合は、下りはゆっくり自力で行けても、遡っていく場合は、小さな船は人間が曳いていますね。野崎参りの船は、人間がひっぱっています。そして、大きな船なら、人間だけではどうにもできないので、川の横にある道を利用して牛や馬でひきあげざるをえないと思うのです。だから、そういう意味で、信濃や甲斐の大きな牧とは別に、交通の拠点にある小さな牧の役割というのは、僕は意外に大きいのではないかと思います。

 

参考記事: 天武朝と隼人               竹の民俗誌 沖浦和光著 岩波新書(1991)より

参考記事: 推古天皇豊御食炊屋姫(幼名、額田部皇女 額田部氏 允恭天皇  額田部連比羅夫    森浩一・網野善彦 馬・船・常民 講談社学術文庫(1999) より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

全国の牛島地名地

1.       秋田県秋田市牛島     http:83←クリックすると地図表示

    「牛島」地名のすぐ隣に、「大住」地名もあります。雄物川河口域のこの一帯は、海から移住したヤマト勢力側の東北支配のための拠点地であったのかも知れません。

    源頼朝が奥州経営に着手し始めた文治五年(1189)、平泉藤原氏の遺臣大河兼任が反乱を起こし、翌年16日鎌倉幕府の御家人由利惟平と「小鹿嶋大社毛々左田之辺」で戦ったと吾妻鏡にありますが【http://sakurakomachi.at.webry.info/200708/article_23.html】、「毛々左田」とは現在の秋田市新屋町・豊岩石田坂・浜田をふくむ地域で、「牛島」の地はちょうど「毛々左田」の雄物川対岸(内陸側)となります。

    文治五年(118912月に源頼朝から秋田(揚田)・豊巻・百三段(ももさだ)・湊・柳田(全て現秋田市内)、八郎潟周辺一帯及び男鹿半島全域の地頭として広大な土地を与えられたのは、橘公業(たちばなきんなり)と言う武将でした。その後、嘉禎四年(1238)の将軍家政所下文案(肥前小鹿島文書)によると秋田(揚田)・豊巻・百三段(ももさだ)は公業の子橘公員に譲られている。

    この橘公業一統より、秋田の男鹿にちなみ、その後肥前で小鹿島を名乗る一族があらわれますが、同じ橘公業一統で牛島を名乗った一族もこの秋田の牛島の地との関連はなかったのかと想像してみたくもなります。しかしながら、鎌倉時代に遡って、この地が牛島と呼ばれていたかどうかは明らかではありません。

    天正19年(1591)の『出羽国秋田郡御蔵入目録写』(秋田家文書)に「なら山村 牛島村」とあり、太閤蔵入地であった。『梅津政景日記』寛永8年(1631518日条に「牛嶋ニ野午御仕立可被成置由、駄三十疋比内より被為召寄候」と馬の放牧場にあてがったことが記されています。

 

2.       東京都墨田区向島、牛島神社   http:194←クリックすると地図表示

    関東の利根川流域は、近畿の河内と同様、古くから治水事業が行われたことが記紀にしるされています【武蔵人強頸  豊島郡と土師氏】。

    文武天皇(697-706)の「各地に牧を作る指示」があり、隅田川の牛島付近に浮島の牧が作られ、柴又(嶋俣)からは馬の頭の埋納とみられる出土もあり、ここにも放牧地が作られて後に馬津郷(まつさと)と呼ばれる由来になっていると考えます(この祭祀は聖武天皇724-748が禁止している)【http://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/】。

 

3.       埼玉県春日部市牛島    http:on←クリックすると地図表示

    利根川、倉松川【http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/index.html

    2.と同様【http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/kuramatu/index.html】。

    牛車、馬車の車を祀った車地蔵【http://www.geocities.jp/fukadasoft/bangai5/sekibutu2/lists.html

 

4.       愛知県名古屋市西区牛島町 (愛知県名古屋市中村区牛島町)     http:me=on←クリックすると地図表示

    庄内川【http://www.cace.jp/kai/Wed2/backnumber2002/mm1408.html】、【http://www.aichima.net/rekishi/column/01/06/index.html

 

5.       長野県長野市若穂牛島(川田村字牛島)   htt=on←クリックすると地図表示

    千曲川【http://shinano.seesaa.net/article/54352689.html

 

6.       佐賀県佐賀市巨勢町大字牛島   http:me=off←クリックすると地図表示

    巨瀬川、佐賀平野のクリーク地帯、蓮の池

    牛島庄

    牛島神社

 

7.            福岡県筑紫野市牛島←大きな地図で見る

    宝満(阿志岐)川

    万葉の時代の@蘆城駅(あしきのうまや:阿志岐、吉木)、近世のA二日市宿(JR二日市駅)、B原田宿(JR原田駅)、C山家宿(JR筑前山家駅)を結んだ中心点に、この地は位置しています。

     「月夜よし 河音さやけしいざここに行くもゆかぬも 遊びてゆかむ」(巻4・571

     「玉くしげ 蘆岐の川を今日見ては万代までに 忘らえめやも 」(巻8・1531

 

8.            福岡県久留米市東櫛原町(字牛島)大きな地図で見る

    筑後川

 

9.       熊本県球磨郡多良木町多良木牛島(いにしえの“球磨郡久米郷”の一部)大きな地図で見る

    球磨川

    正応元年(12881121日の関東下知状に「肥後國求摩郡内久米郷半分地頭職事」と見え、橘薩摩余一法師(公阿)に安堵されている。正平21年(136639日橘公多譲状に「ひこのくにくまのこほりくめのかう東方ふんミやのほう」が見え、左衛門に譲与されている。肥後国球磨郡久米郷は在地領主久米氏の没落後、鎌倉後期までに東国御家人の橘氏が東方、三池氏が西方の地頭職を獲得したが、南北朝期以後、相良氏の支配に属するようになった。

 

10.神奈川県足柄上郡開成町牛島     http:176←クリックすると地図表示

    酒匂川

 

11.徳島県吉野川市鴨島町牛島    ht356←クリックすると地図表示

    牛島の首切れ馬1

 

12.石川県能美市牛島町(石川県能美郡寺井町字牛島) http:me=on←クリックすると地図表示

    手取川

 

13.福島県南相馬市鹿島区烏崎字牛島←大きな地図で見る

 

14.秋田県仙北町払田字牛島(秋田県大仙市払田字牛嶋 大きな地図で見る 

    秋田県埋蔵文化財センター

 

15.富山県富山市牛島町          http:676083←クリックすると地図表示

    神通川【http://www.pref.toyama.jp/branches/1541/unga-monogatari/unngarekisi.htm

    http://www.pref.toyama.jp/sections/1711/mizu/tsutaeru/gaiyou_jinzugawa.html

    http://www.city.toyama.toyama.jp/shisetu/bunka/html/tayori/tayori45/tayori45.htm

 

16.福井県坂井市丸岡町牛ケ島           http://me=on ←クリックすると地図表示

    九頭竜川【http://www.heisyou.ed.jp/sakai_shi/rekishi/rekishi.htm

 

17.新潟県新潟市西蒲区大字西中字牛島  

     http://www.geocities.jp/shige_chan2005/legend/index.html

     西中 牛島神社http://www.city.niigata.jp/sihou/koho_iwamuro/1987/870501/301_4.pdf

 

18.新潟県北魚沼郡川口町牛ケ島    ht96889←クリックすると地図表示  

19.新潟県三条市牛ケ島         http:home=on←クリックすると地図表示、

     信濃川 【http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/tazuneru/53tugi/index.html

 

20.山梨県南アルプス市野牛島   httme=on←クリックすると地図表示

      

21.岩手県久慈市侍浜町牛島   http4722←クリックすると地図表示

     久慈市 牛島

 

22.山口県光市牛島    home=on←クリックすると地図表示

    http://shimanoneko.com/shima01/index.htm

    http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/gyosei/chiiki/island/3usima.htm

 

23.       香川県丸亀市牛島←大きな地図で見る

    http://www.city.marugame.kagawa.jp/sightseeing/spot/09/02.html

    http://www.h4.dion.ne.jp/~toso504/Sikokufuubutusen/Sikoku-Kaiyou-kagawa16.htm

 

24.       韓国 済州島 牛島  http:/ome=on←クリックすると地図表示     

    おまけ

    済州島は火山島だけど、たくさん古墳(円墳)があるのかしら。htt4189←クリックすると地図表示

    済州島にたくさんみられる古墳(円墳)のようなもの⇒htt4189

    えっ?これって古墳それとも、阿蘇山の米塚(山)のような自然物じゃないかな?⇒htt=off   httm15

    同じ縮尺の仁徳天皇陵航空写真をみてくらべると、これは人工物ではない。⇒htt778  httoo14  

 

(ウィキペディアより)

    済州島は韓国本土南岸から130kmにある火山島で、面積1845kuの韓国最大の島である。

    済州島の中心に存在するのが漢拏山である。この山は休火山で、標高1950mは韓国最高峰である。

    360の小火山がメインの火山に付随する。

    http://www.ersdac.or.jp/todayData/070/pict_j.html